ジュンヤの中国株&日本株投資日記

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)

塵は塵へ、灰は灰へ  曾祖母の葬式

金曜日に曾祖母が101歳で亡くなり(うちの家系は皆長寿)
今日は葬式があったのだが、結局うちらの家族は行かず
祖母祖父で参加

母親は初孫とあって行くべきだったかなと迷ったらしいが
祖父が糖尿病で入院とあって
今年になって何回も往復していたせいか
今回は予定空けられず・・・

さてこの死の概念

塵にすぎないお前は塵に帰る」創世記三・一九)
創造者なる神は、「土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」(創世記二・七)のだから、「霊が人間を去れば、人間は自分の属する土に帰り、その日、彼の思いも滅びる」(詩編一四六・四)

このような考えも面白いのだが

個人的には死後など存在せずただ無になる
善悪は単に社会秩序を維持するために為政者に作られた概念であって
天国も地獄も無し

千の風になっての歌のように(これは伴奏ピアノより絶対ギターの方があうと思う)
あれはインディアンの思想だけど
東洋思想もあれに似ていて万物は流転する
個としては崩壊するが血や肉という形作っていた物は
分解され元素となり循環する
その点を見れば命は永遠ともとれる
この考え方の方に自分は近い

さて曾祖母はどこへ行くものかと
親からの話を聞きながら頭の中で思っていたのだが
この感情よりも言葉が先にでてくる癖は
冷徹とかそういう風に受け止めてしまう人がいるから
注意しなきゃならんな

どの道自分も病気や事故なかったとしても
数十年後には消えてなくなるのだから
死後の世界はあるのかないのか
この興味の疑問点はどの道解決する

死の影の谷を行く時も我々は災いを恐れない
あなたが共にいてくださる

いやはやしかし
聖書の中ではダビデの生涯が一番楽しい

簿記
スポンサーサイト
  1. 2008/04/21(月) 02:44:22|
  2. 自己分析|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:10
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
--